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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)14703号 判決 1988年5月19日

第一事件原告(第二事件反訴被告、第三事件原告、以下「原告」という。) 伊藤萬株式会社

右代表者代表取締役 河村良彦

右訴訟代理人弁護士 竹内康二

同 河合弘之

同 西村國彦

同 井上智治

同 栗宇一樹

同 堀裕一

同 青木秀茂

同 安田修

右訴訟復代理人弁護士 長尾節之

第一事件被告(第二事件反訴原告、以下「被告会社」という。) スチールジャパン株式会社

右代表者代表取締役 村井英男

第三事件被告(以下「被告野村」という。) 野村公利

第三事件被告(以下「被告村井」という。) 村井英男

右三名訴訟代理人弁護士 又市義男

右訴訟復代理人弁護士 鎌田隆

主文

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、被告会社の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを二〇分し、その一九を原告の、その余を被告会社の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(第一事件について)

一、請求の趣旨

1. 被告会社を解散する。

2. 訴訟費用は被告会社の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は、原告の負担とする。

(第二事件について)

一、反訴請求の趣旨

1. 原告は、被告会社に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一二月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は、原告の負担とする。

3. 仮執行宣言

二、反訴請求の趣旨に対する答弁

1. 主文第二項と同旨

2. 訴訟費用は、被告会社の負担とする。

(第三事件について)

一、請求の趣旨

1. 被告野村及び被告村井は、原告に対し、被告会社の別紙目録記載の株券を、一株につき金五〇〇円の割合による金員の支払いを受けるのと引き換えに引き渡せ。

2. 被告野村及び被告村井は、原告に対し、金七八一四万八〇〇〇円及びこれに対する昭和六〇年一月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3. 訴訟費用は、被告野村及び被告村井の負担とする。

4. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

(第一事件について)

一、請求原因

1.(一) 原告は、大正七年五月一七日設立された株式会社であり、物品の輸出入及び売買業、物品の製造加工業等を業とするいわゆる総合商社である。

(二) 被告会社は、林業機械及び建設土木機械の輸出入を主たる目的として、昭和四四年八月八日設立された株式会社である。

(三) 被告会社設立の経緯は、以下のとおりである。

(1) アンドレアス・スティール・マシーネンファブリック社(以下「スティール社」という。)は西ドイツの合資会社であり、世界でも有数のチエーンソーのメーカーである。

(2) 原告は、昭和三六年以来、スティール社製チエーンソーにつき、同社との間で、独占的輸入販売契約を締結し、その独占的輸入権と日本国内での独占販売権を有していた。

その後、原告とスティール社は、同社製品を一層効率的に販売するため、合弁で新会社を設立して従来原告が有していたチエーンソーの独占的輸入権を右新会社に形式上譲渡して輸入業務に当たらせ、原告は、その国内販売に専念することとし、前記のとおり、昭和四四年八月八日、被告会社を設立した。

(3) 被告会社は、昭和四四年八月一八日、スティール社とチエーンソーの独占的代理店契約を締結した。

(4) 被告会社と原告とは、昭和四五年三月三〇日、被告会社が原告に対し、スティール社製チエーンソーの日本国内における独占的販売権を与える旨の契約を締結した。おって、この契約の期間は一年とされたが、その期間満了のときには別段の意思表示を要しないで更新される旨の合意がされ、昭和五一年二月一七日、この期間は二年に変更された(以下昭和五一年に変更された契約を「本件契約」という。)。

2. 被告会社の発行済株式は、六万株であるところ、原告は、その一万八〇〇〇株の株主である。

3. 被告会社には解散判決をすべき次の事由が存する。

(一) 被告村井及び被告野村は、いずれも被告会社の代表取締役であるところ、昭和五九年三月一二日、原告に対し、被告会社を代表して、昭和五九年八月三一日をもって本件契約を解約する旨の通知(以下、「本件通知」という。)を発した。

その後、被告会社は、原告に対し、スティール社製品の販売を拒否している(以下本件通知と併せて「本件解約」という。)。

(二) 原告は、被告会社の設立及びその後のスティール社製品の国内販売について、相当額の金銭を出捐しており、かつ将来契約が当然継続されることを前提として、イトマンスチールチエーンソー株式会社(以下「イトマンスチール」という。)という子会社を設立し(その資本金は金七三〇〇万円であり、従業員は約一五〇名、その一か月の人件費は金八〇〇〇万円に達する。)、チエーンソー販売のために万全を期し、更に日本全国にその販路を見出すため合計九支店を設立してきた。その販売網の価値は金一〇億六六五〇万円に達するが、その価値が本件解約によって正に失われようとしている。

ところで、本件契約は継続的契約であるところ、その解除には正当理由が必要であり、この理は当該契約に期間の定め又は解約予告期間の定めがあっても同様である。したがって、解約予告による解約の場合にも正当事由を構成する相当の損失補償の提供や相手方に取引を継続しがたい著しい不信行為の存することが必要である。しかるに、本件解約には右の如き正当事由は存しない。

また、被告会社は輸入権の信託的譲渡を原告から受けたものであるが、スティール社との関係において、輸入権を本来の帰属者から奪取したことにより、信託の趣旨に反したものである。

したがって、今後原告が受けるであろう損害は莫大なものであるから、被告会社が原告に対して負担すべき損害賠償額も莫大なものとなり、その結果、本件解約は被告会社に回復すべからざる損害を与えると同時に会社財産の管理、処分の失当となるものである。

(三) 本件通知は、原告とスティール社の共同による企業運営を著しく破壊するものであり、被告会社設立の趣旨に反する。原告とスティール社間の当初の被告会社設立の趣旨は、単に、それまで原告が有していた輸入権を形式上、被告会社に譲渡し、原告が国内販売に専念するというものでしかなかったものであり、それが被告会社設立の真の目的である。

従って、この目的を逸脱することは、被告会社にとって会社財産の管理処分の失当となる。

(四) 被告村井及び被告野村の行為は、原告の元従業員ないし元役員による法人格を濫用した会社財産乗っ取り行為である。

被告野村は、元原告役員であるが、被告会社設立に当たり、真実は海外合弁会社として被告会社を設立するものではないのに、これをスティール社との合弁契約による合弁会社として被告会社を位置づけ、その旨の禀議書を原告に提出し、原告もこれを信じて被告会社の設立につきその資本の額の三〇パーセントの出資をした。ところが、実際にはスティール社は被告会社の株主ではなく、原告がスティール社の保有と考えていた株式はすべて当初から被告村井が保有していたものであった。

このように、被告会社はスティール社との合弁会社ではなかったのであるから、被告会社の営業は被告野村らの詐欺的行為により原告からスティール社製品の輸入権を奪取した上に成立しているものであり、会社財産の管理、処分の失当であるというべきである。

(五) 右の各行為は、被告会社の存亡にかかわり、被告会社を破綻させかねない事実である。

4. 解散判決を求める已むことを得ざる事由の存在

已むことを得ざる事由とは、会社を解散する以外には会社の正常な運営、従って株主の正当な利益を保護する方法がない場合を意味する。

ところで、株主である原告の利益を前記3(一)ないし(四)の被告村井及び被告野村の行為から防衛するには、商法の個別的な経済措置では足らず、又これのみによるときは直ちに混乱を増し、結局会社が損害を蒙ることとなる。

また、右各行為は被告会社の取締役が多数株主を背景として行っているものであり、解散判決以外の方法では誤った経営を是正できない場合である。

結局本件では被告会社を解散する以外に正義を実現する方法がなく、しかも、これが合弁契約の破綻という実体に最もふさわしいものというべきである。

5. その他にも、被告会社には、次の解散事由がある。

(一) アメリカの判例やイギリス会社法においても、株主による株式会社の解散判決請求が認められているが、これは、その法的基礎を株主相互間の信任義務と組合的結合関係の存在に求め、会社の解散を求める訴えをパートナーシップの解散と同様に実質的には組合的結合関係の解消を求める訴えであると解することによるものである。

(二) ところで、従来、英米法において会社の解散判決が問題となるのは、いわゆる閉鎖的会社にあたる場合である。

(三) アメリカの判例によれば、取締役・多数株主の詐欺的行為、不当な会社経営の場合も、少数株主の訴えに基づく会社の解散が命じられている。

(四) 被告会社の場合、原告と被告村井の二人が株主であり、従来被告会社の役員は、ハンス・ピーター・スティールを除いてはすべて原告の出向者ないし原告の退職者で占められており、所有と経営は一致していたし、被告会社の株式は市場に公開されていないから、典型的な閉鎖的株式会社であり、英米法上のパートナーシップが観念される会社である。

(五) パートナー間で合意された会社の設立目的を、単純に、多数決原理によって変更を加えることは、多数決の濫用にあたり、会社の存在理由はなくなったものと言わねばならない。本件における被告会社の原告に対する継続的商品供給の拒否は、パートナーである原告との合意を根底から反故にするものであり、最も基本的な部分を破壊するものである。原告が被告会社の設立に当たり、別のパートナーであると認識していた者との間で形成していた、あるいは詐欺的行為により形成したと信じさせられていた被告会社の設立目的に真向から反する行為であり、パートナーシップを解消すべきものであり、被告会社の存在理由はなくなったものである。

(六) 被告会社設立に関し、原告はその合弁の相手方をスティール社と思っていたのに、真実は被告村井であったとすれば、その意思には人の同一性についての錯誤があり、合弁会社設立を中心とする合弁契約に要素の錯誤があることとなり、その効果は、合弁契約の無効である。したがって、本来、この無効は、被告会社の設立自体と設立に伴う付随の契約に及ぶものとみなければならない。例えば、合名会社及び合資会社では、このように設立行為に関する意思欠缺は設立無効原因である。

そして、被告会社の実体は、株主二名の実質上の人的会社であり、本来的にはこのような設立行為を巡る意思欠缺の範囲では、合名会社や合資会社と同様に取り扱われても何ら格別の支障がなく、かえってすぐれているものである。

かくして、実体的に設立無効が可能である内容をもつものの、設立無効の形式を取り得ないとすれば、そのような実体を修正するには、商法四〇六条ノ二により、解散を命ずるのが端的な処理である。

また、原告の錯誤は、被告野村及び被告村井の欺罔行為によるものであるから、原告は、詐欺により、合弁契約及びこれと一体をなす被告会社の設立行為と設立後の契約を取り消すことができる。

そして、被告会社が株式会社であるため設立取消を主張しえないとしても、被告会社の実体が人的会社そのものであることに照らせば、詐欺行為に対する救済は被告会社の解散を認めることにある。

(七) 被告会社設立の際、原告がその相手方パートナーに寄せた期待は、被告会社の設立以前と同一の法律経済関係の継続にあったのであり、しかもそれには合理性があった。そして、被告会社、被告村井及び被告野村はその期待の内容について十分に知っていた。したがって、大株主でしかも経営を支配し担当する者は、原告が被告会社に対して寄せていた合理的期待と合弁契約を前提とする予測とを損なうことなく経営の意思決定をなし、会社業務を遂行すべきであったのに、本件解約によりその根本的義務を裏切り、少数株主で被告会社との継続契約に依存していた原告に著しい損害を与えている。

ここに、現状を放置し、原告の権利を蹂躙したまま被告を存続せしめることは、著しく不正義であり、結局商法四〇六条ノ二第一項一号又は二号にあたるとして、あるいは少なくとも二号の「会社ノ存立」の基礎を覆して、その設立の趣旨を「危殆ナラシムルトキ」に当たるものとして、被告会社の解散が宣告されるべきである。

6. よって、原告は、被告会社を解散するとの判決を求める。

二、請求原因に対する認否及び主張

(認否)

請求原因1、2の各事実、同3(一)のうち本件通知を発したこと、同3(二)のうち原告がイトマンスチールチエーンソー株式会社という子会社を設立したこと、その資本金は金七三〇〇万円であり従業員は約一五〇名であって合計九支店を有することは認め、その余の事実は否認する。

(第二事件について)

一、反訴請求原因

1. 反訴被告は、昭和五九年九月五日、反訴原告を被告とする株式会社解散判決請求の訴えを提起し、右訴訟は東京地方裁判所に係属した(第一事件)。

2. 右訴訟は、何ら被告会社に対して解散請求をすることができる事実的、法律的根拠もないにもかかわらず不当に被告会社の利益を害する意図をもってなされているものである。

3. 被告会社は、右訴訟により、次のとおり損害を被った。

(一) 弁護士費用 金二〇〇万円

被告会社は、右訴訟に応訴するため、弁護士又市義男に対し応訴活動を依頼し、その着手金及び成功報酬として合計金二〇〇万円の支払いを約した。

右訴訟においては弁護士への依頼は不可欠であり、右弁護士費用は右訴訟により被告会社が直接被った損害である。

(二) 営業上の損害 金三〇〇万円

右訴訟により、被告会社の営業上の信用は大きく害され、また、応訴活動に要する人的及び経済的費用は莫大である。これらの損害及び費用は右訴訟により直接惹起された損害であり、少なく見積もっても金三〇〇万円を下らない。

4. よって、被告会社は原告に対し、民法七〇九条に基づき、また選択的に商法四〇六条ノ二第二項、一一二条二項、一〇九条二項に基づき、金五〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の翌日である昭和五九年一二月二五日から完済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、反訴請求原因に対する認否

1. 反訴請求原因1の事実は認める。

2. 同2の事実は否認する。

3. 同3について、被告会社が又市義男弁護士に対し応訴活動を依頼したことは認めるが、着手金及び成功報酬として金二〇〇万円の支払いを約したことは不知、その余の事実は否認する。

(第三事件について)

一、請求原因

1. 当事者

(一) 原告は、大正七年五月一七日設立された株式会社であり、物品の輸出入及び売買業、物品の製造加工業等を業とするいわゆる総合商社である。

(二) 被告野村は、昭和三八年一月から昭和五〇年一一月まで原告の取締役であった。

被告村井は、昭和二五年から昭和五〇年一〇月三一日まで、原告の従業員であった。

2. 被告野村及び被告村井の忠実義務違反行為

(一) 被告会社は、次の経緯で設立された。

(1) ステイール社は西ドイツの合資会社であり、世界でも有数のチエーンソーのメーカーである。

(2) 原告は、昭和三六年以来、ステイール社製チエーンソーにつき、同社との間で、独占的輸入販売契約を締結し、その独占的輸入権と日本国内の独占販売権を有していた。

その後、原告とステイール社は、被告会社を設立して輸入業務に当たらせ、原告はステイール社製品の国内販売に力を入れることとし、スチールジャパンが、昭和四四年八月八日、林業機械及び建設土木機械の輸出入を主たる目的として、設立された。

その際、原告は、スチールジャパンの発行済株式の三割にあたる六〇〇〇株を取得した。

(二)(1) スチールジャパン設立時において、被告野村は原告のスチール・チエーンソー部門の実務上の最高責任者である取締役機械金属本部長であり、また、被告村井は原告の幹部社員であったから、原告のステイール・チエーンソーの実務担当社員としていずれも善良な管理者の注意をもって、原告のステイール・チエーンソービジネス部門を有効適切に管理運営し、その職務を忠実に遂行して、常に会社の業績の向上、特に会社から委託された担当部署のステイール・チエーンソー部門の業績が向上するようすべての努力を傾注すべき義務があり、さらに、会社の営業活動を行ううえ、職務上の資格において知り得た営業の機密の情報、会社の営業上のノウハウ、資金、信用、施設、技術、従業員等を自己又は第三者のために利用させて、本来ならば当然に会社に帰属すべき利益とその機会を奪い、あるいは自己又は第三者のためにこれを利用する行為は許されないところのものである。

(2) 特に、被告村井の忠実義務についていえば、

従業員は本来的義務たる労働給付義務のほかに、付随的義務として忠実義務(誠実義務)をも負っていると解される。

競業避止義務は右忠実義務が具体的に発現したものである。

そして、あらゆる従業員に取締役と同等の忠実義務を課すことはできないが、被告村井は、被告野村とともに原告のチエーンソービジネスにおける実務上の最高責任者の一人だったのであるから、従業員といえども、原告に対する忠実義務は重い。

(三)(1) 被告野村及び被告村井は共謀して、被告野村が原告に対し、スチールジャパンの設立に際し、真実は被告野村及び被告村井がその七割の株式を形式的にも実質的にも取得することになるにもかかわらず、実質的にはステイール社がその七割の株式を取得し、形式的には村井名義にするものと虚偽の説明をしてその旨誤信させ、昭和四四年八月八日、実際はステイール社が取得すると称されていた一万四〇〇〇株を、被告野村及び被告村井の計算で、かつ同人らが実質的に株主となる意思で、村井名義で取得した。

右株式(以下、「本件株式一」という。)に対し、別紙目録一の株券が、昭和四四年八月一一日、発行された。

(2) 更に、昭和四八年一一月二一日、ステイール社あてに増資をすると称して二万八〇〇〇株を同じく村井名義で取得した。

右株式(以下、「本件株式二」という。)に対し、別紙目録二の株券が、昭和四八年一一月二一日、発行された。

(3) 村井名義の株式に対する配当金の合計は金七八一四万八〇〇〇円を下らない。

(四) 右によれば、被告野村及び被告村井は、スチールジャパンの設立に当たり、ステイール社がその株式を取得する意思のないことを知りながら、またそのことを原告が知ったならば原告は直ちにその利益のため機会を逃さずステイール社の出資予定部分を取得することを知りながら、右事実を原告に秘し、スチールジャパン株式の七割を原告が取得する機会を自己の利益を図って奪い、これを村井名義で取得したものであるから、その忠実義務及び善管注意義務に違反したものである。

(五) 原告は、ステイール社がスチールジャパンの七割の株主であると誤信し、これを前提として、スチールジャパンに対し資金や人員等の援助を行ってきており、結局スチールジャパンは、ステイール社と原告の間に介入し、何らの資金的リスクも取引上のリスクも負うことなく、取引上の口銭を取得することができる会社であり、その結果超優良企業に成長した。

3. 忠実義務違反に対する救済方法

(一) 本件訴えの実定法上の根拠は商法二五四条ノ三であり、判例法上の根拠はいわゆる山崎製パン事件第一審判決(東京地方裁判所昭和五六年三月二六日判決)であり、理論上の根拠は会社の機会の理論である。

取締役の忠実義務の基礎として、会社と取締役との間には、英米法上信任関係という強度の信任関係を基礎とする特殊の法律関係があり、これは信託受託者の違法な取引に対して受益者のために法的保護が与えられるのと同様の効果を生ぜしめるような関係とされる。

ところで、取締役の忠実義務は、取締役がその地位を利用し会社の利益を犠牲にして自己又は第三者の利益を図ってはならないという義務であり、取締役が職務の執行に当たって尽くすべき注意の義務の程度に関する善管注意義務とは異なるものである。

そして、忠実義務違反の責任の範囲は、善管注意義務違反の責任の場合と異なり、会社の被った損害額の賠償にとどまらず、取締役の得たすべての利益の会社に対する返還に及ぶべきである。

また、善管注意義務の中に忠実義務が包含されるとする立場にあっても、忠実義務の側面での善管注意義務の違反に対する救済は右に述べたところと基本的に同一である。

(二) その救済の方法

(1) アメリカ法上、取締役が忠実義務違反により会社の機会を自ら利用した場合は、会社に機会が帰属したのと同様になるよう救済が与えられ、取締役が財産(本件では株式)を取得したときはその原形をとどめる限り法定信託が設定され、取締役は引渡の義務を負う。

(2) 損害賠償請求も可能である。

しかし、本件においては、原告の救済として被告らが有する株券の引渡という方法が損害の回復に最も適切である。

右は、取締役及び従業員の株式会社に対する忠実義務の違反であり、その違反の結果物は信託の法理又はその類似の法理により株式会社に引き渡されるべきである。

(三) 本件は、会社の機会の理論が直接的に適用される場面であり、村井名義の被告会社株式及びこれに対する配当金は違反結果物である。

4. 競業避止義務違反及び自己取引違反

(一) 被告野村は、昭和四四年当時原告の取締役であり、かつ同年八月、被告会社設立と同時にその代表取締役に就任し、被告会社の代表取締役として、原告との間で、従前の五年間の原告とステイール社との独占的代理店契約(輸入及び国内販売)を、一年間の独占的国内販売契約に切り換えた。原告は、昭和三六年から昭和四四年までステイール社から一手にスチールチエーンソーを輸入し、かつ一手に国内販売を行ってきた。被告会社はその原告の権益の一部を奪い、輸入権を専有する会社である。

被告野村は、もし原告が被告会社の七割の株主が真実はステイール社ではなく被告村井であると告げられていたのであれば、原告の従業員である被告村井が支配する被告会社との間で、従前に比較して明らかに不利な契約をするはずがないことを十分知っていた。

しかるに、被告野村は、原告の取締役でありながら、自己の利益を図るため、被告会社の支配株主が被告村井であることを原告に秘匿し、かつスチールジャパンの代表取締役として前記契約を締結したものであるから、自己取引の規制に違反するというべきである。

そして、被告野村は、原告の錯誤に乗じ、取締役会において「重要ナル事実ヲ開示シソノ承認ヲ得ルコト」なく、実質的に原告と競業関係にある被告会社の代表取締役となり、実際に営業をなし、原告の利益を奪ったが、これは競業避止義務違反である。

(二) 被告村井は、昭和四四年一二月、被告野村の後をついで被告会社の代表取締役となり、自己が被告会社の支配株主であり、かつもし原告の取締役会において右事実を開示すれば承認が得られないことを知りながら、これを秘匿し、前記一年を期間とする不利益な契約を続行し、毎年多額の配当を得てきた。

被告村井は、被告会社の代表取締役であると同時に原告の高級従業員であり、その地位に応じた忠実義務を負っていたにもかかわらず、継続して自己取引を行い、実質的に競業を行って、忠実義務に違反していたものである。

(三) 競業避止義務、自己取引の規制はいずれも取締役の包括的な忠実義務を具体化した一類型であることは、一般的に認められており、故にその違反の効果は、忠実義務の違反がなかったと同様の状態に復すること、即ち本件株式の原告への引渡である。

5. よって、請求の趣旨記載の判決を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1の事実は認める。

2. 同2のうち(一)の事実は認め、その余は否認する。

被告村井は昭和四一年一二月から昭和四四年一一月まではステイール・チエーンソー事業を担当していない。

3. 同3は争う。

4. 同4について、被告野村及び同村井が競業避止義務及び自己取引の規制に違反したとする主張は争う。

第三、証拠<省略>

理由

第一、第一事件について

一、商法四〇六条ノ二所定の解散事由の存否

右解散事由は、同条一項によれば、同項一号又は二号に定める事由が存在しかつ「已ムコトヲ得ザル事由」が存在することが必要である。

1. 一号の要件について

同号は、「会社ノ業務ノ執行上著シキ難局ニ逢着シ会社ニ回復スベカラザル損害ヲ生ジ又ハ生ズル虞アルトキ」と規定し、会社の解散を請求するためには、「会社ノ業務ノ執行上著シキ難局ニ逢着シ」と「会社ニ回復スベカラザル損害ヲ生ジ又ハ生ズル虞アルトキ」の二つの要件の存在を必要としている。しかも後者の要件は前者の要件を受けており、難局に逢着した結果会社に回復不可能な損害が生じ、又は生ずるおそれがあることが必要であると解される。

この点につき、原告は、被告会社の解散を求める事由として、専ら、本件解約は正当事由がなく、違法であって、その結果被告会社が原告に対し莫大な損害賠償義務を負担する旨を主張している。ところで、右解散請求の要件の一つである「会社ノ業務ノ執行上著シキ難局ニ逢着シ」とは、業務の意思決定権を持つ取締役会が同数に分裂して意思決定をなし得なくなったり、株主が分裂しているため、新取締役の改選すらままならず、その結果業務の執行が著しく困難になる場合のように、会社が営利法人として存在することをほとんど不可能にする程度の事実の存在をいうものと解されるところ、右原告の主張のように単に莫大な債務を負担するおそれがあるという事実のみをもっては、いまだ右要件を充たすものとはいえず、その他本件全証拠を見ても、被告会社がかかる事態に立ち至っていることを認めることはできない。したがって、その余の点を判断するまでもなく、原告の商法四〇六条ノ二第一項一号の解散原因に関する主張は主張自体失当であるというほかはない。

2. 二号の要件について

同号は、会社解散の請求の要件として、「会社財産ノ管理又ハ処分ガ著シク失当ニシテ」その結果「会社ノ存立ヲ危殆ナラシムルトキ」と規定している。

そこで、「会社財産ノ管理又ハ処分ガ著シク失当ニシテ」の要件についての原告の主張の当否を検討する。

原告は、この点について、①前示1において述べたと同様、被告会社のした本件解約の結果、被告会社は原告に対し莫大な損害賠償債務を負担することとなること、②被告会社設立の目的は、原告がステイール社製チエーンソーの国内販売に専念するため、原告からその輸入権の形式的な譲渡を受けることにあったのであるから、本件解約は、その目的に反すること及び③被告野村は、事実に反して被告会社が海外合弁会社であると原告に信じさせ、原告からステイール社製品の輸入権を奪取したもので、被告会社の営業は、被告野村の詐欺的行為の上に成立しているものであることを理由として、被告会社の財産の管理、処分は失当であると主張する。

ところで、商法四〇六条ノ二第一項二号が会社解散請求の事由として規定する会社の管理又は処分が著しく失当であるとは、たとえば、取締役が会社財産につき不当な処分をし、それが、多数株主の支持を背景としている場合のごとく、会社の誤った経営又は取締役の非行があるにもかかわらず、その是正が期待できない場合をいうものと解せられる。

そこで、このような見解に基づき先ず右原告の①の主張についてみるに、当事者間に争いのない事実に<証拠>を総合すると、原告は、昭和三五年ころ、ステイール社から同社製のステイールチエーンソーを輸入し、国内で販売することを始めたが、昭和四四年に被告会社が設立されて、以降は、右製品の輸入は被告会社が行い、原告は、被告会社から同製品を買い受けて、専ら、国内の販売に従事してきたこと、昭和五一年以降、被告会社と原告間の右チエーンソーの売買については、本件契約が存し、その契約期間は二年とし、解約の意思表示がされなければ、その期間は自動的に更新される旨の合意があったこと、右チエーンソーの国内販売数量は、昭和五六年からは、引続いて前年実績に比して一五ないし二〇パーセント低下したのみか、マーケットシエアも低下し、特に昭和五八年にその傾向が甚だしくなったこと、その結果、ステイール社から、被告会社に対し、このような販売量の低下は容認することができず、原告に本件契約の解除を求めるべきであるとの意向が示されるにいたったこと、被告会社は、このような状況に対処するため、販売人員を増加し、販売体系を拡大充実しようとしたのに対し、原告は、人員の削減及び採算の悪い営業所の閉鎖によって対処しようとし、両者の方針は完全に相反するにいたったこと、被告野村及び村井は、被告会社の代表取締役であるところ、被告会社がステイール社からチエーンソーを輸入している立場上、ステイール社の意向に反してまで原告と取引を行うことは被告会社は経営上好ましくないものと判断し、被告会社を代表し、原告に対し、本件解約の意思表示をしたことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、本件解約は、被告会社の経営を持続させるための方策として選択されたものであって、会社解散の事由となるべき経営の誤りないしは取締役の非行があったということはできない。

次に右原告主張②の事由は、単に被告会社の設立の事情に言及するものであって、たとえその事情と被告会社の経営方針とが相容れないものであったとしても、それをもって直ちに右会社解散の要件に該当するということはできない。

また、右③の事由も単に被告会社の設立に際しての株主の構成が原告の予期していたところと異なるということを主張するものであって、被告会社の経営の誤りや取締役の非行とかかわるものではない。

以上のとおりであるから、その他の点を判断するまでもなく、商法四〇六条ノ二第一項二号の解散事由も認められない。

3. 原告は、請求原因5において、①被告会社は英米法上のパートナーシップが観念される閉鎖的会社であるところ、パートナー間で合意された会社の設立目的を多数決原理によって変更を加えることは、多数決の濫用にあたり、被告会社の存在理由はなくなった、②原告には人の同一性についての錯誤があり、合弁契約及び被告会社の設立は無効であるが、設立無効の形式を取り得ないとすれば、解散を命ずべきである、また、右錯誤は被告野村及び村井の欺罔行為によるものであり、詐欺行為に対する救済は被告会社の解散を認めることにある、③被告会社は本件解約により原告が被告会社に寄せていた期待を裏切り、原告に著しい損害を与えている、と主張するけれども、右はいずれも商法四〇六条ノ二第一項一号又は二号の要件事実を充たしているものとはいえず、かつ、会社の解散を求め得るのは、右各号の定める事由がある場合に限られるものというべきであるから、主張自体失当である。

二、以上によれば、原告の本訴請求は理由がないものというべきである。

第二、第二事件について

一、被告会社は、原告が、被告会社に何らの解散事由も存しないのに、その利益を害する意図のもとに、本件第一事件を提起したものであり、右提訴は不法行為にあたると主張する。

二、反訴請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、第一で述べたとおり、第一事件について原告が主張するところは、被告会社の解散を請求するについて主張自体理由がないか又はそのような事実について十分な立証がされておらず、その請求は理由がない。

三、ところで、訴えの提起が不法行為となるのは、裁判制度の趣旨、目的からみて著しく相当性を欠く場合に限られるものというべく、具体的に特定の訴え提起がこれに該当するかの判断基準は、①訴えた側の主張に事実的、法律的根拠がなく、かつ②そのことを知っていたか、通常人であれば容易に知ることができたのにあえて訴えを提起したものというべきである。

そして、右二に述べたところからも明らかなように、第一事件について、原告の主張は、事実的、法律的根拠を欠いている。しかし、商法四〇六条ノ二第一項の適用に当たって、経営実態が組合ないし合名会社に近い小規模閉鎖株式会社にあっては、少数株主保護のためその定める要件は、積極的、弾力的に解釈されなければならないとする見解も有力に主張されており、当裁判所は、このような見解は採らないが会社解散請求がこのような見解に基づいてされているとみられる場合、その訴えの提起について主張が法律的、事実的根拠がないことを知っていたか又は容易に知ることができたということはできず、訴えを提起した者に不法行為責任は生じないというべきである。

これを本件についてみるに、被告野村本人尋問の結果により認められる被告会社は、昭和四四年設立された当時の資本の額は金一〇〇〇万円であったところ、株主は、被告村井と原告の二名で、その出資七〇対三〇であり、昭和四八年に金三〇〇〇万円に増資されたが、その出資比率は変らなかった事実に第一、一2において認定の事実を総合すると、被告会社は、小規模閉鎖的株式会社であるところ、その代表取締役である被告野村及び村井の経営方針は、少数株主である原告と決定的に対立しており、原告が少数株主としての利益を守るため、被告会社の解散を請求したものと認められ、前示の見解に沿えば、原告が本件訴えを提起するについて、法律的、事実的根拠があると信じたとしても無理からぬところであるということができる。したがって、この点についての被告会社の主張は理由がない。

四、次に被告会社は、本件訴えを提起するにつき原告に悪意又は重過失があったから、被告会社に生じた損害を賠償すべきであると主張する。

ところで、商法四〇六条ノ二第二項が結果として、同法一〇九条二項を準用しているのは、濫訴の防止を目的とするものと解されるので、同項の定める「悪意又ハ重大ナル過失」の意義も結局は、訴えの提起が不法行為となる場合と同様に解すべきこととなる。したがって、本件訴えの提起が同項の要件を充たさないこと三で述べたところと同様であり、この点についての被告会社の主張は理由がない。

第三、第三事件について

一、請求原因1、2(一)の各事実は当事者間に争いがない。

二、原告は、請求原因2(二)以下において、被告野村及び被告村井は、それぞれ原告の取締役又は従業員として、その業務を遂行するにつき、原告が利益を得るべき機会を奪わないようにする義務があるのにこれに反し、原告が被告会社の発行する株式のうち七割を取得する機会を奪ったことを前提とし、被告野村及び被告村井に対し、右取得すべきであった株式についての株券の引渡及び右株式を取得していたならば受けられるべきであった配当金相当額の損害金の支払を求めているので、他の点はさておき、右原告が奪われたと主張する株式取得の機会があったかについて判断する。

<証拠>によれば、ステイール社は、日本における同社独自の輸入会社として被告会社を位置づけ、当初これに対する原告の資本参加を認めない方針であったが、原告から再三の要請があり、交渉の結果、原告に対し三割の株式を与えるところまで譲歩・同意したこと、被告村井が昭和五〇年一〇月三一日、ステイール社の要求を受けて原告を退職し、被告会社の経営に専念することとなった際、原告はステイール社に対し、被告会社における原告の資本比率を五〇パーセントに増加するよう要求したが拒否されたことが認められるのであって、これらによれば、原告には本件株式一、二を取得できる機会がそもそもなかったものと認めることができ、この認定に反する原告の主張は認めることができない。

してみれば、原告のこの点についての主張は、株式取得の機会を奪われたとする前提を欠き、他を判断するまでもなく理由がない。

三、原告は、請求原因4(一)において、被告野村は、原告の取締役であったのに、被告村井をして被告会社の株式を得さしめたのは、いわゆる自己取引となる旨主張するが、右株式の取得には、原告は全く取引の当事者となっておらず、いわゆる自己取引が成立する要件を欠いているから、その主張自体失当である。

次に、原告は、被告野村は、原告の取締役であったのに原告と競業関係にある被告会社の代表取締役となり、実際に営業をし、原告の利益を奪った旨主張するが、もし、この主張において、原告が、被告村井による被告会社の株式取得をもって被告野村のいわゆる競業であることを前提としているとすれば、株式取得行為自体は、原告と競業するものであるということはいえないから、その主張自体失当であるといわなければならない。

また、もし、原告の右主張が被告野村による自己取引又は競業取引の結果、原告の利益が奪われたことを理由として、被告村井の取得した株券の引渡及びその株式についての配当金相当額の損害金の支払を求める趣旨であれば、原告は、本件において、右自己取引又は競業の結果どのような利益が奪われたかについて何ら主張立証していない(もし原告が奪われた利益が被告会社の株式の取得であるとするならば、右二において判断したとおり、そのような利益はそもそも原告に存していなかったものといわなければならない。)から、結局この点の主張も理由がない。

四、さらに、原告は、請求原因4(二)において、被告村井が原告の従業員であったことを理由として、同被告にいわゆる自己取引又は競業があったと主張するが、従業員にもいわゆる自己取引が禁止されるとすることは独自の見解であって採用することができず、また、競業があったとする点については、もし、被告村井を原告の支配人と解すれば(もっとも、原告がこの点を明確に主張しているわけではない。)、同被告にもいわゆる競業避止義務を認めることはできるが、その場合でも、右三に述べたと同様の理由から原告の主張は理由がない。

第四、結論

よって、第一事件及び第三事件について、原告の本訴請求はいずれも失当であるからこれをいずれも棄却することとし、第二事件について、被告会社の反訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九〇条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂倉充信 古部山龍弥 裁判長裁判官元木伸は転補につき署名押印することができない。裁判官 坂倉充信)

<以下省略>

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